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腹水

高知に引っ越してから1週間くらいが経ち、彼女のお腹が少し張ってきてしまった。
腹水が溜まる事は元々わかっていたが、目に見える症状はやっぱり見ていてすごく辛かった。

腹水が溜まる速度はとてつもない速さで、溜まりはじめてから1ヶ月程で、妊婦の様なお腹になってしまった。
KM-CARTで腹水を抜く事になった。

退院後、お腹の張りはかなり解消されていたが、想像していた程お腹は小さくなっていなかった。
2週間程で腹水を抜く前よりもお腹が大きくなってしまい、再度KM-CARTを行った。

なんとかしたい

手術をしないと決めてからは、岩盤浴等へ行き免疫を高める事に専念した。
笑う事で免疫力を高める事が出来るそうで、僕が仕事で家にいない間はお笑いのDVDを見て、面白くなくても笑ってとお願いしていた。
インパルスやドランクドラゴンが彼女のお気に入りで、同じネタを何度見ても笑っていた。

抗癌剤を使わずに何か治療できる方法がないかと探していた時に、4次元ピンボイント照射療法の記事をみつけた。
書留に必要事項を記入し、UMSオンコロジークリニックへ送付したが、彼女の癌には対応出来ないとの回答だった。
彼女がこの治療法にかなり期待していたので、この結果はかなり彼女を落ち込ませてしまった。

2016年4月彼女の実家がある高知県に最期は住みたいと話された。
4月末で会社を退職し5月に高知県へ引っ越した。

これまでの経緯

僕と彼女が出会ってからの経緯を簡単に書きます。

2007年4月に彼女と付き合い始めました。
2008年1月に同居開始。
2015年11月に彼女の母の再婚相手である義父が肺癌の為死去。
2015年12月彼女の下腹部辺りに違和感がある為、婦人科に検診。
診断の結果、子宮には異常が無かったが、血液検査の数値に異常があり卵巣癌の疑いがある為、大きな病院で再検査をするように伝えられた。
2016年1月がん研有明病院へ受診。
MRIが2月まで予約でうまっているので、2月まで待つか、横浜にあるクリニックでMRIとPETCTの検査を受けるようにと話があった。
後日横浜のクリニックでMRIとPETCT検査。
検査結果はがん研有明病院で後日話をすると説明があり、指定された日にがん研有明病院へ行った。
何かの手違いでまだ検査結果が横浜から届いていないと言われその日はそのまま帰宅。
癌なのかどうかわからない状態で彼女は精神的にすごくまいってしまっていたのでこの対応には本当に腹がたって仕方がなかった。
後日検査結果が届いたと連絡があり、再度がん研有明病院へ行った。
卵巣癌にかかっており、お腹にも癌が散らばってしまっていると医師から説明があった。
手術は簡単な手術で癌を全て取り切る事が出来るから心配しなくていいと医師から説明があった。
その日は入院の手続きをして帰っていいと言われた。
癌の可能性があるとわかった時点で不安で不安でたまらなかったが、絶対に彼女が癌になるわけないと僕は現実逃避してしまっていたのでなかなか現実が受け入れられなかった。
病院を出て、車の中で2人で思いっきり泣いた。
本当に辛いのは彼女なのだから僕がしっかりしないといけないと頭の中ではわかっていたが泣いてしまった。

2016年2月に手術の為、がん研有明病院に入院する為、病院へ行った。
この日はどうしても外せない仕事があり、付いて行きたかったが彼女1人で病院へ行かせてしまった。
診察の時と話が全然違い、お腹を開けてみないと癌を取り切る事が出来るかはわからない、長時間の手術に彼女の体力がもたなかった場合は死ぬと説明があり、覚悟だけはしておくように話があったそうだ。
がん研有明病院だから手術は出来るが他の病院だとまず抗癌剤で癌を小さくしてからでないと手術は出来ないと説明があった。
癌を小さくする為の抗癌剤に彼女の体力がもたず、手術も出来ないまま死ぬかもしれないと言われたそうだ。
もう少し考えたいと入院せずに帰宅。

帰宅後に彼女から病院での出来事を説明された。
手術をしても助からない可能性が高いのなら手術も抗癌剤治療もしたくないと言われた。
僕は本当は彼女に手術をして欲しかったけど、彼女の意志は固く何を言っても聞いてもらえなかった。
彼女からなるべく苦痛が少なく自殺出来る方法を調べて欲しいと何度もお願いされた。
自殺なんて絶対にしないで欲しい、諦めずに一緒に癌と向き合っていこうと何度も何度も話したが、彼女の考えが変わる事はなかった。
彼女がいない世界で僕は生きていく自信がなかったので、もし自殺をするなら僕も一緒に自殺をすると彼女に話した。
最初は僕は生きられるのだから自殺をしたら駄目だと彼女に言われたが、長々と話し合った結果彼女が自殺をするのなら僕も一緒に自殺をするという事で話は終わった。